
皆さまこんにちは、窓際管理職の城南悠喜です。
皆さまには子供さんがいますか?
子供が生まれた瞬間、あの小さな手を握りながら心からこう思ったはずです。
「元気に育ってくれたら、それでいい」「ただ、生きていてくれればいい」と。
あの時の想いを、今も覚えていますか?
時間が経つにつれ、子供は成長し、社会に触れ、周りとの比較が始まります。
テストの点数、部活の成績、友達関係──気づけば、「健康でいてくれるだけで幸せ」という気持ちは、どこかに置き去りにされてしまっていませんか?
まぁ、私もどっかに置いてきてしまっていますわ。。。
“もっと頑張ってほしい”は、愛ではなく不安の裏返し
親が子供に期待するのは自然なことです。
でもその“期待”の中に、いつの間にか「他人と比べる不安」が入り込んでしまう。
「周りの子はもう塾に通ってる」「○○くんはスポーツで賞を取った」「うちの子は遅れてるのかもしれない」──そんな焦りが、子供を追い立てる言葉に変わります。
「もっと頑張りなさい」「なんでできないの?」と。
でも、本当は子供に頑張ってほしいんじゃなくて、“安心したいのは親のほう”なんですよね。
・社会の中で自分の子が取り残されないように。
・世間に恥をかかないように。
その不安を“愛情”だと勘違いしてしまうんです。
でも、あの生まれた日の気持ちを思い出せば、そんなものは小さなことだったと気づけるはずです。
子供は“作品”ではない
親になると、どうしても「育てる責任」を意識します。
でも、子供は“作品”ではありません。
どれだけ教育にお金をかけても、どれだけ正しい価値観を教え込んでも、子供は親の思い通りにはなりません。
それでいいんです!
子供は親の完成品ではなく、独立した人生を歩む存在だから、親ができるのは「幸せになる力」を信じて見守ることだけです。
それ以上の介入は、コントロールです。
「元気に育ってくれたらそれでいい」──この言葉の中には、“自分の理想を押しつけない覚悟”が含まれていたはずです。
「普通でいい」と言いながら、“普通”を許さない社会
今の日本では、“普通に生きる”ことが難しくなっています。
学校では平均を求められ、社会では成果を求められ、SNSでは他人の幸せと比べて落ち込むーーそんな中で、親までが“普通でいい”と言いながら、“普通の子”を心のどこかで認められない。
- 成績が並でも心が優しい
- 夢がなくても、笑って生きている
- 不器用でも、真っ直ぐに育っている
それでいい。
それが本当に「元気に育っている」ということなんです。
親の欲望や見栄に飲み込まれたら、子供は“本来の幸せ”を見失ってしまいます!
親が変われば、子供は変わる
子供を変えようとするより、まず親の心を整えることが大切ですね。
「もっと勉強して」ではなく、「今日はよく頑張ったね」と言えることです。
「どうしてできないの?」ではなく、「できるようになりたい気持ちがあるだけで立派だよ」と認めること。
子供は、親の感情を鏡のように映します。
・親が焦っていれば、子供も焦る。
・親が落ち着いていれば、子供も安心する。
“元気に育ってくれたらそれでいい”という想いを持ち続けることは、実は最強の教育方針なんです。
結局、幸せの原点は「生きていること」
生まれたばかりの我が子を見たあの日、あなたは何を願いましたか?
点数でも、偏差値でも、年収でもなかったはずです。
「この子が無事に生きてくれたらそれでいい」その一点だけを祈ったはずです。
それこそが、すべてのスタート地点。
そして本来の“ゴール”でもある。
いつの間にか、社会の価値観がそのシンプルな幸せを曇らせてしまっているけれど──もう一度、思い出しましょう!
子供は、親の期待を満たすために生まれてきたわけじゃない。
笑って、泣いて、転んで、立ち上がってーーその姿を見て、心から「ありがとう」と思えること。
それこそが、親にとっての本当の幸せだと思います。
「元気に育ってくれたらそれでいい」──あの日の気持ちは、今も正しい。
忘れてはいけないのは、子供の成長ではなく、その初心を守る親の心なのですね。



コメント