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資本主義の正体を知ると、世界は「絶望」に変わる。昇進を“喜べるバカ”でいるか、絶望して“支配側”に回るか

資本主義の勉強を深めると、ある副作用に襲われます。

それは「虚無感」です。

同僚が昇進して喜んでいる姿。

ボーナスでブランド物を買ってはしゃぐ姿。

それらが全て、「システムに最適化された部品たちの、プログラムされた反応」に見えてしまうのです。

「性格が歪んだ」のではありません。

あなたの「解像度」が上がったのです。

世界が残酷に見えるのは、あなたがようやく「ルールの裏側(ネタバレ)」に到達した証拠。

今回は、その絶望の先にある「真の自由」について解説します。

管理職とは、「奴隷頭」という名の奴隷である

「課長になった! 部長になった!」

彼らは誇らしげですが、資本家から見ればこうです。

「よし、少し餌を増やして、他の奴隷を監視させる権限を与えよう」

出世とは、ゴールではありません。

「責任」という名の鎖を太くされ、「現場統制」という汚れ役を押し付けられた状態です。

給料が上がるのは、あなたが優秀だからではありません。

「部下の尻を叩き、経営層の理不尽を飲み込む」という精神的苦痛に対する「慰謝料」が含まれているからです。

システムの一部として機能強化されたことを「成功」と呼ぶのは、あまりに悲しい洗脳です。

「あなたがいなくても回る」のが、優れた経営である

「私がいないと現場が回らない」

そう自負する会社員がいますが、それは経営者から見れば「リスク(欠陥)」でしかありません。

資本主義が目指す究極のゴールは、「誰がやっても同じ結果が出る仕組み(マニュアル化・標準化)」です。

つまり、あなたは「交換可能な部品」になることを強制されています。

どれだけ情熱を持って働こうが、あなたが過労で倒れたら、会社は3日だけ悲しい顔をして、翌週には新しい求人を出します。

システムは、個人の命より重い。

この冷徹な事実に気づかないフリをして働くのは、もう限界でしょう。

「おめでとう」は、「よく調教されたね」という意味だ

資本主義の構造を知ると、日常の風景がホラー映画のように見えてきます。

• 昇進 → 「システムへの依存度が深まりましたね」

• 昇給 → 「コスパよく働いてくれていますね」

• 表彰 → 「他の社員に見せるためのモデルケースになってくれましたね」

かつては心から喜べた賞賛が、今は「支配者からの検印」に見える。

「うまく使われているな」と冷めた目で見てしまう。

それは残酷なことですが、必要な通過儀礼です。

「飼われている」という事実に気づいた家畜だけが、柵の外へ出る計画を立てられるからです。

労働者は「足し算」、資本家は「掛け算」

決定的な絶望はここにあります。

我々労働者の稼ぎ方は、どこまで行っても「労働+労働+労働……」という足し算の世界です。

今日は8時間働いた。

明日は10時間働いた。

そうやって自分の時間を切り売りして足し算を繰り返しても、1日は24時間しかなく、体は一つしかありません。

そして何より恐ろしいのは、あなたが病気や老いで動けなくなった瞬間、その足し算はストップし、収入がゼロになることです。

一方、資本家(株主・オーナー)は違います。

彼らは「仕組み × 資本」の掛け算の世界にいます。

彼らが寝ている間も、旅行している間も、労働者(あなた)が働き、システムが稼働し、資産は指数関数的に増えていく。

この「構造的な非対称性」を理解した瞬間、

「もっと残業して頑張ろう」という努力が、いかに虚しいかが分かります。

竹槍でB29に挑むようなものです。

まとめ:絶望は「脱獄」の始まりだ

資本主義の残酷さを知ることは、不幸でしょうか?

いいえ、逆です。

「無知なまま搾取され続けること」こそが最大の不幸です。

世界が冷たく見えるようになったのは、あなたがマトリックスから目覚めたからです。

今までのように、無邪気に社畜生活を楽しむことはもうできないでしょう。

しかし、その代わりに選択肢を手に入れました。

• このまま部品として生きるか。

• 仕組みを作る側(資本家)に回るか。

絶望してください。

そして、その冷たい現実を直視し、「利用される側」から「利用する側」へと座席を移す覚悟を決めてください。

残酷な世界で生き残るには、あなた自身が残酷な賢さを身につけるしかないのです。