「持ち家なんて買うだけ損」「高級車はただの見栄だ」「保険なんて入る意味ない」、こんなふうに、“ムダ探し”をする人はあとを絶ちません。
でも、はっきり言ってしまえばそれは、お金がない人の視点です。
つまり、“買えない人”の思考です。
一方、資本家の思考はまったく違います。
「欲しいなら買う」「価値があると感じたら迷わない」、そこにコスパや損得の打算はありません。
この記事では、「ムダ」と騒ぐ人と、淡々と買う資本家の思考の違いについて解説します。
コスパ重視の発言は、たいてい「買えない側」の理屈です
「持ち家は資産にならない」「高級車はただの浪費」、こうした意見の背景には、たいてい「自分では買えない」「買ったら生活が苦しくなる」という前提があります。
その不安や制限の中で、“自分が買わないことの正当化”として「ムダ」と断じてしまうのです。
つまり、“ムダかどうか”という判断は、自分の経済レベルを基準にしているということです。
資本家は「欲しいかどうか」で判断する
資本家や富裕層にとって、判断基準はとてもシンプルです。
それは「欲しいか」「価値があると自分が感じるか」だけです。
資本家にとっての持ち家は、「資産」「生活の安定」「家族との時間」など、数字に出ない価値を含みます。
高級車であれば、「自己満足」「信頼の獲得」「運転の楽しさ」など。
彼らにとっては、それらが“コスパ”以上に大きな意味を持つのです。
「損をしたくない」という感情が、何も得られなくする
「それってムダじゃない?」という思考の根底には、「損をしたくない」「失敗したくない」という恐れがあります。
しかし、損を恐れて動かない人は、結局なにも得られません。
チャンスも、経験も、豊かさも、自分の手で遠ざけてしまっているのです。
資本家は、“ムダだったとしても、それはそれ”と割り切ることができます。
なぜなら、彼らにとって一番大切なのは、行動によって得られる経験と学びだからです。
コスパ重視は、合理的に見えて“思考停止”です
「コスパがいいかどうか」を基準にしか動けない人は、言い換えれば、“他人の正解”に頼って生きているということです。
それでは、自分で判断する力も、自分で価値を決める感覚も育ちません。
資本家は、他人がどう言おうと「自分の価値基準」で選びます。
だから、ムダに見えるものでも納得して買い、結果として人生を豊かにしているのです。
まとめ:資本家と貧乏人では、そもそも目線が違う
「それってムダじゃない?」という言葉が出た瞬間、その人の目線がどこにあるかが、はっきり見えてきます。
資本家は、「欲しいから買う」「価値があると思ったから買う」「人生が豊かになるなら、それでいい」と判断します。
一方、貧乏マインドの人は、「損をしたくない」「人にバカにされたくない」という“外の評価”を気にして、動けません。
だからこそ、まず目線を変えることが大事です。
「ムダかどうか」ではなく、「自分が何に価値を感じるか」で動ける自分になること。
それが、資本家の世界に近づく第一歩です。



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